高島匡未によるエッセイ
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
- - -
「作る」 と 「動かす」

結婚して幾年。
なんだか転勤族ばりに3回目の引越し。(別に転勤ではない)
新しい土地は瀬戸内海に面した日本で一番小さな県だ。
九州訛りの私は、まだ土地の言葉が分からないこともあり聞き返すことはあるけれど、今のところ生活は自転車(あと車!)さえあれば割と便利である。土地の風にも少し慣れてきた。
港が近いので自転車でぷらぷらしている時などたまに潮の香りも漂ってくる。
防波堤から覗き込む海は割りと澄んでいて、くらげが水面で浮かんでいたりする。海風はひんやり。風強い。空気もきれい。雨少ない。のんびりしてる。静かな街。土地の空気に身を委ねるのか、はたまた彷徨ってしまうのかそれは自分次第の分かれ道。引っ越す前の色々な気持ちとかをぎゅっと体の真ん中にしまいこんで、今はただ時間の中で突破口を探しているのだ。


地方都市に居ると、東京のことが気になる。
これは地方都市に住む人はきっとみんな同じではないかと思う。
東京に憧れはないけれど、東京を無視することはできない。
秒単位で状況が変わっていく東京の姿を目の当たりにすると、せっかちな私はついつい気持ちが空回りしてしまうのだが、「動かす」のは東京で、無いものを「作る」のは地方。最良ではないけれど、ひとつの手段だと思っている。「作る」と「動かす」の相互作用をうまく使い分けなければ物事は進まない。

「顧客の創造」
有名な経済学者の言葉だけれど、今の私には耳が痛い言葉だ。
顧客を私の音楽を待ってくれている人に置き換えてみる。
私の音楽をどれだけの人が待ってくれているのか分からないけれど、どんな展開になっても期待して待ってくれている人のために、私は何ができるだろうか。感謝を音楽に。良い作品を作りたい。良いライブがしたい。良い。良いってなに?何が基準なの?探して、求めて、10年以上の月日が過ぎ、以前よりももっともっと貪欲になっていく。
どんなに良いものを作っても動かさなくては誰の心にも届かない。
「作る」と「動かす」交わるところは見えるのかな?

 


 

- - -
最近の若者は・・・という言葉が嫌いな理由
 毎年、誕生日には自分のことをきちんと考えるようにしている。20代はとにかく激動の10年間だったので、心境の変化はあったかもしれないけれど、根本的な部分はあまり変わっていないように感じる。良し悪しである。けれど、いつまでも反骨精神は持ちつづけたいと思いながら31歳を迎えてしまった。


ずっと抱いてきた疑問がある。
この疑問(というか問いかけ)をテーマに日常の煙を書こうと思いつつもう半年。ようやくきちんと腰を据えてこの疑問について書いてみようと思い立ったのである。(要は携帯から更新するのではなく、パソコンに向ってようやく文章を書く時間ができたということ)


常々、年上の方がこのようにおっしゃることがある。


「最近の若者は挨拶もろくにできん」
「最近の若者は歩き煙草するから危ない!」
「最近の若者は・・・・・・」
「私達が若い頃はもっと良かった・・・」


この最近の若者は・・・の後に続くお決まりの言葉達。用途としては若者文化を否定的に捉えて非難する時に使っているのだろうけれど、これって今現在の若者だけに言えることなんだろうか?
じゃあ先輩方の若い頃はどうだったのですか?と逆に言いたくなってしまう。例えば、40年前。空前のヒッピー文化。あの時代は独特な若者文化が突出していた時代だったのではないか?当時の若者達は、更に上の世代から「最近の若者は・・・・」と言われていたのではないか?そして、更に上の、また上の。歴史は繰り返しているのである。時代が変わろうとしていることをどうしても受け入れられずに、若者の所為にしているのではないか?


変わらないことだってたくさんある。
最近の若者だけじゃなくてもこちらが挨拶しても返してくれない上司とかいるし、歩き煙草をするおじさんもたくさんいる。ポイポイゴミも捨ててるし、理由もわからないまま罵倒する人もたくさんいる。若者だけの特権ではないはずだ。もちろん中には歩き煙草など他人に迷惑がかかってしまう行動を取っている若者もいる。でもそれは若者の中の一部。「最近の若者は」とひと括りにしてしまうのがどーうしても納得できないのである。

若者だって礼儀正しい子もいるし、人それぞれ。世代なんて関係ないのだ。
人は時代の中で生きているのだし、新しい時代を作るのは常に人である。
お互い寄り合えばいいじゃない。
まだまだ若輩者とはいえ、私は年々歳を増していき、自分より若い人がどんどん増えていくばかりだ。ここまで私が成長できたのは人生の先輩方のおかげだし、まだまだわからないことがたくさんある。だから、人生の先輩からもっと多くのことを学びたいし、敬う気持ちももっともっと強く持っていたい。


若者だからどーだとか、そんな簡単な言葉で全部をひと括りにしないで欲しい。
世代など関係ないのだから。

- - -
ザ・打ち上げ
打ち上げに参加することが多いことはわざわざ言うことでもないが、最近はめっきり機会も減った。
自分のライブに関係ない打ち上げにも参加していた頃は打ち上げ貧乏だったくらいだ。しかも決まってお馴染みの安くて遅くまで開いているお店に行くので食べるものもほぼ同じ。打ち上げに参加して帰れば、いつだって帰るのは夜明け。九州だろうが、東京だろうが、車で廻っていた頃なんてお酒 が飲めない私は、打ち上げ後は運転手というお役目まで頂戴し朝のドライブの気持ち良さを感じたものだ。遅くまで居座ってしまうのはミュージシャン同士の交流に会話が弾んだ証である。

楽しい反面、「気をつけよう打ち上げ」と掲げるテーマがある。
まずは、次の日声が枯れて大事な喉を痛めてしまうので大声で話さない。それは隣に座る方のタバコの煙も同じ。何度も経験しているので、不注意で声が出なくなったときの悔しさは例えようもない。
そして、飲めないお酒を進められたときに、どうやって断るのか。
以前、人にお酒をすすめるのが好きな酔っ払い男子が登場したときだ。だれかれ構わずお酒を注ぎ、無理やり飲ませるので、気付かれないように逃げていたら、見つかって無理やり一気飲みを強要された。本当に困っていたら、とあるミュージシャンが、「女の子に一気のみさせたらいけん。」と私の代わりにお酒を飲んでくれたのだ。さすがにその困ったちゃんもその凄みにおののいて、別の席に移動してくれたというなんとも感動的なエピソードもあるが、なかなかお酒好きの人にはお酒が飲めない人の気持ちを理解してもらえない。どうしても断れないときはグラスにだけ注いでもらって、飲めない新郎と同じようにそのお酒は誰の胃袋にも入らない運命を遂げるのだが、なるべくお酒の進む席には座らず、すぐに移動できるポジションを探して座ることにしている。

そして、打ち上げでよく聴かれる質問。好きなミュージシャン、影響を受けたミュージシャンは誰ですか?正直言って、この質問は私にとって愚問である。
好きなミュージシャンは数知れず。流動するので特定に絞れない。ミュージシャンに限らず、ジャンルも絞れない。私は音楽を聴くときには純粋なリスナーとなるので、その純粋な気持ちはその音楽に向けられたものである。私が感じたことは私の中で消化してしまうので、そこで終わり。そこから私の表現欲求は芽生えないのだ。
もちろん、自分で気付かないところで影響されている部分があるのは自分でも感じる。けれど、意識して好きなミュージシャンに近づきたい、影響を受けた音楽を目指したいという気持ちはまったくない。好きなミュージシャンや影響を受けたミュージシャンを聴いて、私の音楽の背景にあるものを探ってもダメよ。と言いたい。若い頃はこの質問をされるのが本当に嫌で、ずいぶん意地悪な返答をしていたらしいが、最近は丸くなったので、ちゃんとこういう理由だからと説明できるようになった。実際、自分の好きなミュージシャンを公言することで、私の音楽を知ってもらうきっかけになることも覚えた。分かってます。これは別に愚問でもなんでもない。私の勝手な斜め目線なんだってね。会話を始めるきっかけなんだってね。

いやいや、そんなに気負うことないじゃない。お疲れ様でしたって食べて飲む憩いの場なんだから。
- - -
モダンテンポ
8月がとうとうやってきた。
去年秋から計画してきたモダンテンポ。
30歳を迎えた私の私によるココエを支えてくれる人の為のライブショウ。
準備は万全。
今は深呼吸して、静かに音楽に向き合うのみである。

人前で自分の歌を唄うようになって今年で12年。
もし、デビューという言葉がまだ「生きて」いるならば、デビューして8年。
激動の20代だ。
言い出したら止まらないほどのいろんなこともあったけれど、
突き進んできてよかったと思う。これは愚直な気持ち。
時間ばかりが過ぎているようで、内容と結果が結びつかないと思うことも少なくは無い。親戚や友人からもそろそろやめてもいいんじゃない?と言われることもある。でも、私は止まっていることができないのだ。突き進みたいのだ。
それがモダンテンポを開催しようと思った理由でもある。
12年をかたちにしようとおもった。
私の声と言葉と音色が音楽になって、
少しでも多くの人と同じ時間を共有できたらこの上ない幸せだと思うのである。

それでよかったのか?→ネルソングレート→coet cocoeh→miu mau。
音楽家としてこれだけ名前が移り変わるのも珍しいと思うのだが、
何度も何度も生まれ変わってきた。
そして高島匡未はまたひとつ新しい旅に出るのだ。

今はすごく開放的な気分。

- - -
「バンド」という言葉(イメージ)はやっぱり古い
2008年がとうとうやってきた。
日常の煙も今年で5年目を迎える。ここ近年はブログを中心に書いているけれど、この日常の煙は絶対に止めないと決めているので、滞っていても継続したいと思っている。継続はいつの日か財産に変わっていくのだ。心意気も新たに迎えた2008年。今年はどうやら変革の1年。色んな変動が私を待っている。30歳になるしね。世代も代わる変革の1年。

世代といえば、2007年の年の瀬に「イカ天」の特別番組が放映されていた。平成元年から約2年間続いたアマチュアバンドが接戦を繰り広げるという超人気番組。この番組からかなりの大物たちが巣立ったらしいが、私はほとんど見たことがない。
「イカ天」は流行語大賞を取るほどの人気番組で、「バンド」という言葉のイメージをお茶の間へ浸透させた番組である。テレビって絶大なる広告塔だ。
20年の時を経て「イカ天」をあらためて見てみると、多くの人が持つ「バンド」という言葉のイメージはまさしくこの80年代〜90年代初期を代表するこの番組の中に出てくるミュージシャンのイメージだと思っているらしい。髪を逆立てていたり、奇抜な格好をしていたり、たまに、BEGINのようにナチュラルテイストの人もいるけど、バンド=ハードロックもしくは、メイク系、もしくはパンクと思われてしまうのだ。
そう思う理由がある。以前、歯科で受付の仕事をしていたことがあるのだが、先生が、患者さんに「この子(私のことね)歌手なのよー」と患者さんに進めるので、見た目はわりとさっぱりしている私は大抵クラシック系の歌を唄っていると思われる。いえ、クラシックではないんですよ、バンドなんですよと説明すると、じゃあ、髪とか逆立ててるの?と話がものすごく飛躍するのだ。
歯科での話だけではない。例えば、初めて入るショップで(ファッション誌とかに紹介されてそうな今時のお店よ)ライブ用の服を探していたとする。色など少し目立つ色を選んでいると、店員さんが寄って来て、「何かお探しですか〜?」いつも面倒なときはついつい適当に会話してしまうけど、たまに迷っていたりすると、ちょっと人前に立つので、と返答してしまうと大変なことに!!!すごく突っ込んだ質問を浴びせられ、適当に応えられなくなってくるので、ついつい「バンドをしていて・・・」と話し出すと、やっぱり「イカ天」のイメージで色んな奇抜なものをチョイスされてしまうのだ。イカ天世代じゃないのに、この店員さん。誤解だよ。誤解。これこれだと説明するんだけど、今時のショップの店員さんでさえ、未だにイカテンのイメージなのかとなんだかがっかり。私の説明不足もあるだろうけど、音楽に興味がないのね。基本的に。あまりに頻繁に続くので、私の中で「バンド」とい言葉を封印している。おそるべし。「イカ天」
- - -
耳の奥で音が聞こえる
もう3年くらいになるだろうか。狭い室内で週3〜4、4時間とかスタジオに入ったりしていた頃、右耳に激しい耳鳴り。数日で治るだろうと放っておいたが一向に治らない。耳鼻科で調べてもらったところ、全体的に一般的な聴力は優れているが、1000kHzの部分だけ、ずいぶん聞こえていないとのこと。要するに1000kHzの部分が激しく耳鳴りしているということだ。音で言えば甲高い声(笑い声)キンキンした工事の音、シンバルやスネアの高めの音、ギターやベースなどの歪んだ音の高音。など、いわゆる「ハイ」と言われる音域だ。耳鼻科の先生がおっしゃるには人間の耳が一番敏感に感じる音域で「耳が痛い」と強く感じる周波数なんだそう。音をたくさん聞く人はまずこの1000kHzを最初にダメにするらしいのである。それ以来、私はずっと右耳の耳鳴りと共存の日々である。治る気配なし。
耳鳴りが続くと話し声などが聞こえにくくなる。よく「え?」とか「んん?」とか聞き返している自分にはっとする。もしかして大きな声で喋ってる???

耳鳴りを得て、私は音の聞き分けが敏感になった。どんな音が鳴っているのかどんな音がどこから聞こえているのか以前よりも聞こえるようになったので、レコーディングや、私自身の音作りにはとっても嬉しい悲鳴である。でも、でもだ。敏感になって気付いたことがある。音が大きいって苦しいのだ。だからギターの音やドラムの金物(シンバルとかを叩く音)がバカでかいライブにはなかなか足が向かない。せっかくいいライブでも音が大きすぎるだけで絶えられなくなってしまう。耳栓なるものを使用することもしばしばあるが、耳栓をしていても耳への影響は大きい。よくよく考えてみたら、私は大きい音には慣れていたはずだ。吹奏楽で部活を6年、その間にもスタジオに入ったり、高校3年生からはずっとライブ三昧。毎日のように大きい音を聞いてきたはずだ。でも、慣れは関係ない。どんなに慣れていても「大きすぎる音」は耳を劈くような痛みがある。「度が過ぎる」日本語ってよくできてる。ということは慣れていない人が大きい音を聞くとどれだけ苦痛を伴うんだろうと思うと震えてしまう。どんなにいい音楽でも「音が大きい」の理由でライブに足を運べなくなるのは悲しい。音楽人としてやはりたくさんの人に聞いて欲しいというのはずっと変わらない願望。確かに大きい音を出すには理由があるのは分かる。だったらせっかくのいい音をもっといい環境で聞ける状況を望んじゃだめ?それは私のワガママ?エゴ?私の中で繰り返される質疑応答。私のエゴを主張してもそれはなんてことないただの自己顕示欲。主張主張主張の繰り返しは大きい音と同じだね。
自戒を込めて。




- - -
オトナノアソビ
目を閉じて言葉がじわじわ浮かんでくるのを待つ。ピアノの前に座ってドの音を弾いてみたときに感じるあの跳ねかえってくる音を待つ。あれこれしていたらもう6月。今年に入ってまだ1度も日常を書いていないことに今頃気がついたのである。あいやー。しまった。何してたんだよ。この半年。普通に反省。というわけで、ここ数日神様がまとまった時間をくれたので音楽のために時間を捧げていると、あれこれとってもリズミカルに進んでいる。せっかくもらったこの時間を無駄にしてはいけないとようやく重い腰をあげて日常の煙を書いているのである。

先日観た歌舞伎の話。今回は蜷川幸男演出の十二夜というシェイクスピアの喜劇。初歌舞伎な私。歌舞伎や演劇おいしいものが大好きな年上の知人からお誘い頂きなんと4列目。その方はもともと東京生まれで学生の頃から歌舞伎にはまってしまい、今は九州に住んでいるというのに、好きな歌舞伎の演目があれば、どこへでも行ってしまうという歌舞伎狂の方で、初心者の私には心強い。私は狂言や能は好きでよく観に行ったりしたものだが、歌舞伎は雲の上の存在。料金が高い上に、一元さんお断わり、チケットもなかなか取れないというイメージがあった。さすがに4列目は素人ではなかなか入手困難らしいのだが、もう少し後ろの方になれば料金もぐっと安くなるし、初心者でも気軽に楽しめるようだ。歌舞伎は色彩が艶やかだ。蜷川幸男演出とあって、幕が開けたその瞬間の掴みや、幻想的な配色、音楽の取り入れ方など幽玄の世界のようであった(蜷川幸男の演出で能も見てみたい。)とはいえ、喜劇なので、面白おかしくダジャレを言ったり、「恋テク」など今風な言葉や博多弁をわざと使ってみたりとサービス精神旺盛。観客を惹き付けるテクを継承してきた伝統の中に観客を惹き付ける技を身につけた演技。素晴らしいものであった。私はステージに立つ立場の者としてどうしてもその視点で観てしまうのだが、長い稽古を経て本番を迎え、休憩50分含めて4時間を提供し、しかも昼夜2回毎日行うその役者魂に心を奪われるのである。それは役者に限らずお囃子などの音楽担当、舞台を支える裏方、彼等の徹底した職人魂にもである。

大人という言葉の中には色んな意味合いが含まれている。
成人を迎えた人のこと、常識という自覚を持つということ、エロス的なこと、もっともっと細かい部分にまで大人という言葉は多用されている。人間関係を築いていくこともそうだが、私にとって相手を思いやることのできる人、そして、多くの身のある経験を積むということに大人という言葉の重みを感じるのである。オトナノアソビ。歌舞伎はオトナノアソビだ。演技を見るにあたって、恋の楽しさや、辛さ、憎悪や、嫉妬、愛情など、人として生きていく過程を少しでも長く人生の味を経験しているとより楽しめる。オトナノアソビ。時には深い時間までお酒を飲みながら音楽を聞いたり、時にはおいしいお料理を食べたり、時には旅行に行ったり。年齢を重ねるたびに探求心が生まれてくるのは人生を深く楽しもうとしているオトナの余裕だ。まだまだ余裕の足りない私にはまた今日をギラギラ生き抜くのである。

- - -
縁と円
懇意にさせてもらっているサロンがある。夫がたまたま見つけたお店で、えらく気に入ったらしく、私にも行ってみたら?と勧めるので当時引っ越したばかりだった私は新しいサロンへ行くという冒険をした。シャンプー後のヘッドマッサージや手作りオーガニックお菓子とコーヒーを出してくれるという手の届くサロンで、素敵な女性が店長。性格もはっきりした方で、流行のスタイルも個性的なスタイルも旬の匂いにも敏感。サロンやエステではこういう静かな気持ちになれる場所についつい向いてしまうのである。ライブにも足を運んでくださったり、気に入ってCDをお店で流してくれたり。しかも家までご近所。「これも何かのご縁」縁というものを強く感じてしまった。

縁とは不思議なものだ。以前は親しくしていてもどちらかが急に忙しくなったりするとぷっつり切れてしまうこともある。逆に、社交場でのつながりだったものが、ふとしたきっかけで家々を行き来する仲にまで進展する。何事もタイミングなんだろうけどその時々の個々の心情が周辺の変化につながるのかもしれない。縁なんてものは存在するはずがないと思っていたのはもうちょっと若い頃。物事を曲がって捉えてしまうのは若さの象徴なのかもしれない。そういえば、一度「友達は自分を写す鏡です。」と言われたことがある。そんなわけないと思っていたが、今はそうかも?と思ってしまう。縁とは不思議なものだ。

円のように過去も未来も現在も繋がっているというのは宗教的な見解から言うと「輪廻」というそうだが、私は輪廻と言う言葉の意味を手塚治虫の「ブッダ」で知った。点と点を繋げていくと線になり、線は弧を描いたり形を作り出したりする。点は人で、線は縁で円になる。あと少しで2007年がやってくる。 新しい線を繋げて。

- - -
哲学
新世紀エヴァンゲリオン。10年前に大流行したご存知の90年代を代表するアニメ。当時学生だった私達世代には好きな人がかなり多かった。あまりに流行っていたし、やたらと「見たほうがいいよ」と勧められたのだが、あまのじゃくだった私は絶対見らん!と断固拒否、時を逃した私は28歳になってようやくテレビアニメ版を、みた。なるほどー。噂通りの展開で結局続きをどんどん見てしまった。人気が出るはずだ。最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」で哲学的な終わりを遂げる。ストーリーの最終回としてはなんだかなぁという結論だが、結局「問いかけられている」のだというメッセージに気付く。ココはどこ?私はだれ?ソフィーの世界、ニーチェ、武者小路実篤、ヘッセ、谷川俊太郎、トルストイ、手塚治虫、宇宙論、心の中に誰しもが持つ哲学が浮き彫りになる。書物を読んで私は私自身を上の方から眺めていくつかの私を見ている。そこには嬉しいとか哀しいとかモクテキとか成功とか挫折とか生きるとか勝つとか負けるとか勢いとか足踏みとか欲とか色んなものに支配されている私がいる。私自身が生み出す哲学によって守られている私が見える。哲学とはなんだ?自分の中に譲らない領域を持つこと。だと私は思う。

まったくもって余談だが、
今回鑑賞したテレビアニメ版は放映中のテレビをリアルタイムで録画したビデオを見たので、CMも途中で入ってくるのだが、これが普通に面白かった。とんがりコーンのCMに出演しているイチロー選手の初々しいことといったら!懐かしいCMなどもあり、2倍楽しめたのである。

- - -
小豆島の醤油
小学1年生の冬、私は腎臓病を患い50日ほど入院した。激しい痛みと一人病院で眠る寂しさに耐える日々だった。窓からは通っていた小学校の校庭が見える近所の大きい病院の小児科だったので、学校も恋しかった。院内には学校のような勉強する部屋があり、そこで色んな学年の子供達と勉強したりもした。毎週木曜日朝6時の採血がいやだったこと、同じ病室の子達と看護婦さんごっこなどをして遊んでいたことを覚えている。(主任さんの採血は痛くなかったなぁ)無事に50日で退院したが、小学3年生になるまでは体育も全部見学。今思えば、私がこんなに体に対し気を使うようになった理由は病気をした経験があるからなのだと思う。

私の両親は私の病気をきっかけに食生活の大改革をした。もともと病気の原因は不明。アレルギーではないか?という診断だったらしく、退院してからは処方された薬も全て処分し(本当はイケナイことなんだろうけど)肉を食べることを一切止め、魚や野菜、玄米、無添加の食品や調味料で食卓を彩った。給食以外でハンバーグやカレーなどを食べる機会がなく「お母さん、ごちそう(ハンバーグだのステーキだの)が食べたい・・・」と言っていたらしい。今でこそ健康ブームで玄米や、オーガニック、アルカリ水などは常識の一部だが、20年前だ。無添加食品や調味料を調達するのに遠くまで足を運んだりしてくれていた。レシピなどももちろんなく、好き嫌いの多い私にもおいしく食べれるように工夫してくれてた。おかげですっかり体は浄化され、18歳頃に再発するだろうといわれたこの病気も完治した。丈夫な体にしてくれた両親には本当に感謝が絶えないのである。

先日、小豆島の醤油を頂いた。
瓶に入ったこの醤油を舐めて、小さい頃から慣れ親しんだ無添加の醤油の味を思い出した。
濃くがあってなめらかでおいしい。純粋な醤油の味がした。
こころの中にある故郷の香りがした。


- - -
| 1/5 | >>